クリエイティブな仕事をする重要性
なぜものづくりが重要なのかを考えてみたというかついに気がついた。
うつ病になりやすいのはどういう職業かという調査があって。例えば経営者に比べると事務職のような人の方が統計的に明らかに鬱になりやすいと言う。理由は自分のやっている仕事を自分でコントロールすることができないからと考えられている。 逆に言えば自分に裁量権がありコントロールできる仕事なら、うつ病にはなりづらいし自分のやっている仕事の意味を感じられるのではないかと思われる。 それを考えたときにものづくりというのは明らかに自分でコントロールする領域が大きい仕事だと言えないだろうか。少なくともペーパーワークに比べればその差は明らかだ。自分で作り出すという事は正しく自分でコントロールしていると言うことの上に成り立つものであるからだ。
確かに現代は凄まじく便利で大量生産されたものを消費しているだけでほとんどすべての生活は成り立つ。それは形あるプロダクトに限らない。例えばゲームをするにしてもサーバー上にあるゲームを無料で遊ぶことができる。しかし今日話していることと明らかに関係がある通りで、自分でコントロールして作り出しているものでない限りはただ与えられるがままに流されているだけであって、少なくとも仕事と違ってプレッシャーを感じる事は無いから鬱になる事はないだろうけれど、何か生み出したという感覚を得るのは難しい。
と考えたときに1日8時間なり人によっては16時間なりあるいはもっと使っている仕事なるものが(そこにはプレッシャーも存在している)コントロール不能でクリエイティビティにかけるものならまちがいなく精神をおかしくしていく人の割合は多いだろう。 知識労働社会と言われて久しいが、その知識労働なるものがクリエイティビティーではなくてただ単にコントロール不能なペーパーワークとプレッシャーの海で溺れる事を指すのであればとんだディストピアだろうし、実際のところジム労働やサービス業の1部、下請けの下請けIT業務等においては明らかなるディストピアが生まれている。
そーゆー仕事をするぐらいだったら、間違いなく働かずに、精神磨耗を避けて暮らす方が幸せだし望ましい。
労働に対して前向きに考えるのであればクリエイティビティーが発揮できる割合が多く、かつ拘束時間が妥当であり健康害さない仕事に就くべきであろう。そういった意味で昨今ウェブやアプリサービスを自社で開発するエンジニアと言うのは全員が全員そうではないと思うけれどかなり望ましい働き方ができている割合は他のサービスITの仕事よりもずっと高そうな気がする。
悲しいかな僕はそういう仕事はしていないが、クリエイティビティーの割合が高い仕事を(それは意味が感じられると言うことだ)できるようなこれからの人生の方向に切り替えないといけないタイミングであることは痛切に思う。
公平や平等というのは心の安定には非常に大事な要素だと語る。ある実験で、自分が明らかに損をしたケースと、逆に明らかに得をしたケース、ほぼ平等・公平な結果を得たケースのそれぞれについてストレスの度合いを測定したところ、損をしたり得をした場合に強いストレスが発生する一方、平等・公平なケースはストレスが皆無--という結果を得たという。 また、「立場の弱い人は常に強いストレスにさらされている」とも語る。比較的自身の裁量で仕事ができる範囲が広い専門職や技能職に比べ、ノルマや上司の厳格な管理の下に置かれている営業職や非技能職の職業グループの人たちの方が、うつ病が格段に多いという調査結果もあるという。 (NHKスペシャル「病の起源」うつ病)[f:id:startselect:20160112031659j:plain]
podcastを試しにやってみる。
音声入力日記はiPhoneに話しかけるだけと言う非常に簡単なスタイルがちょいちょい確立されつつあることによってやる気が出てきた。 ここから先は以下にまとまりがあることをしゃべるかというトレーニングになってくると思う。思考の赴くままに喋っていてもコンテンツとしての価値はほぼゼロだからである。
スポーツ選手とか女優とかすでに確立された能力と知名度がある人だったら、まとまりなく雑談しているだけでもファンにとってはありがたい情報であるが、一般人が雑談しているだけでは価値はないもんね。
(今 改行としゃべったら 改行 されたこれはすごい。しかしお気づきの通りこの言葉はいくらしゃべっても文字にはならない。だからこの括弧の中で出てきたものは後から手でうっている笑)
今日はpodcastを配信するための方法を調べて実装してみた。といっても大した話ではなくてさくらのサーバーにワードプレスをインストールして以上って言う感じである。 スカイプ2アカウント使って配信するみたいなのにちょっと苦労した。しかしすばらしい記事を書いていた方のおかげで何とか解決した。ありがとうございました。↓
iOS音声認識すごいわ。
今日の音声入力はiOSにしました。誰かのFacebookに書かれていたのですがiOSの音声認識がすばらしいそうです。確かにここまでしゃべってみた感触だとGoogle音声認識よりも変換精度ですとか認識精度が数段上という印象持っています。 何よりiPhoneを手元に持ってしゃべるだけという手軽さが素晴らしい。入力のノートには一応Evernoteを使っています。
とゆうかこれまでのところほとんど変換しなおしとか打ち直しがない。これは素晴らしい。どのようにしてこの変換精度の高さまでチューニングしてきたのか非常に気になるところではあります。
ということで結論からするとiOSの音声入力最高ということで明日以降はこれを使ってものすごく手軽に日記が書けるなと思います。
もはやこれは書くと言うより喋るですね。そのまま文字テキストになると言うのは口述筆記はじまって以来のイノベーションなのではないでしょうか。
便利な反面当然しゃべるものがそのままテキストになっていくと編集プロセスが入っていないからまぁ見てわかるとおりまとまりがないわけです。
それでふと思ったんですが僕は最近のテレビ番組特にNHKの番組にものすごく違和感を感じています。それは何かと言うと出演者やインタビューされた人がしゃべる言葉を全て字幕化していることです。
その人たちがしゃべる言葉はテキスト化されると言う合意がなされた上で喋っているものなのでしょうか。おそらくそんな事はなくて特に一般の人であれば思うがままに喋っているはずです。それをそのまま字面で可視化されてしまうと、本質的なフィーリングに誤解が生じるのではないかと僕は懸念しています。
大体なんでそんな字幕をつけたがるんですかねよくわかりません。視聴者サービスのつもりなんでしょうか。恩恵を受けている人がいるとすれば何らかの理由で音を聞くことが許されない環境でテレビを見ている人ということになるでしょうか。そんな人いるんですかね。
そんなことを思うとやっぱりラジオとかPodcastと言うのがいいですね。音しかないがゆえに想像力で広がる世界が映像や文字よりずっと深いものを心象に生み出してくれるような気がしています。
予感か予兆か、ただの思いこみ。
しまった 昨日はサボってしまいましたが。 今日はと思いますかこと言ってもですね えー あのー macbook proに対して勝手な事喋っている だけどそれをgoogle 音声認識さんが集めていただく感じになっておりますね。
えーとですね 今1番やりたいことは配信です。 配信ですじゃないよ podcast ポッドキャスト。 よかったですね はっきり喋ることが重要ですね。
で なぜポッドキャストがやりたいかと言いますと 岩田社長の話がしたいんですよね。 今 僕以上に岩田さんに熱い方に出会ったので調整してますけども。
これ本当にわくわくしていますよ 僕が30年生きてきて 感じることがなかったワクワクがここにはあるんじゃないかなと思ってます。
というわけで 楽しく頑張ろうだお。
Google 音声認識日記
この はてなブログ では 面倒くさいので入力は基本全部google 音声入力を使うことにします 時々は誤変換もあるでしょうが それはそれでいい事にします っていうか これどうやって 句読点を打てば よろしいのでしょうか。←自分で打ちました。
句読点は自分でうつのか。
webベースで使える 音声入力ってなんかあるんですかね。 ていうか 英語だったら これもっと スムーズにはいるのかな。
よく見たら画面上部にこんな警告が出ているではないか。 マックの 内蔵マイクではダメなんでしょうかね。
そして ここまで書いてきたんですけど やはり 文章にしても まったくもってまとまりにかけていますね。
今のところ認識がとても悪い。 仕方ない iphone付属のイヤホンの音声調節部分の裏側に付いているマイクに喋ることにします。
そして再びここまで 書いてみて思ったけど 全然いけてない 人工知能 が書いた日記みたいだね。 とても読みづらいです。 許して下さい。 ということで 何がしたいのかさっぱりわからない 日記はこれで終わります。